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祝祭の広間には、焼いた鹿肉と林檎酒の匂いが満ちていた。春の終わりに次のアルファを迎えるのは、私たちの群れでは二十年ぶりのことだ。扉の脇では子どもたちが花輪を取り合い、長老たちは誰がどの席に座るべきかで、式が始まる前から小声の言い争いをしている。
私はその間を縫って、壁際に立つガレスを探した。祝いの席で仕事の話をするのは気が進まなかったが、明日の朝に配るはずの保存食が帳簿の数と合わない。倉庫番の数え間違いなら、今夜のうちに確かめて安心したかった。 ガレスは銀糸の入った上着を着て、何人もの祝い客に囲まれていた。見慣れない服のはずなのに、襟を留める留め金だけは私が選んだものだった。彼は堅苦しい飾りを嫌うから、裏に小さな革を縫いつけて、首に当たっても痛くないようにしてある。 そのことが妙に嬉しくて、私は抱えていた帳簿を持ち直した。 「リヴィア、今夜くらい仕事を置きなさいよ」 声をかけてきたのは、配給所で一緒に働くイーダだった。彼女は私の手から帳簿を奪おうとして、私が強く抱えているのを見ると諦めた。 「明日の分が足りないかもしれないの。ガレスに少しだけ確認したら、ちゃんと祝うわ」 「あなたの『少しだけ』を信じたこと、一度もないんだけど。でも今日は彼の大事な日よ。食事くらい二人でゆっくりなさい」 イーダは私の髪に触れ、留め具からこぼれた一房を耳の後ろへ戻した。私が夜遅くまで帳簿を見ていたことも、式のために珍しく髪を結ったことも知っているのだろう。その優しさに礼を言いかけたとき、広間の奥で鐘が鳴った。 人々が演壇のほうへ向かう。ガレスは私を見つけ、祝い客の肩越しに片手を上げた。私は帳簿のことを一度忘れ、同じように手を上げ返した。 七年前、彼が初めて私に「君がいると、俺はちゃんと考えてから物を言える」と告げた夜を思い出す。頼りにされるのが嬉しかった。頼られているうちに、彼の仕事と私の仕事の境目は曖昧になったけれど、二人で群れを支えるつもりだったから、不満を口にしたことはほとんどない。 演壇には三人の長老が並び、その前にガレスが立った。彼が人々に向かって挨拶を始めると、ざわめきは自然に収まっていく。誰かの名前を呼んで笑いを取るのも、力の弱い群れには先に礼を言うのも、彼らしい振る舞いだった。私は何度となく、その気遣いを好きだと思ってきた。 「今日から俺がこの群れを率いることになります。父のやり方をそのままなぞれば安心する者もいるでしょうが、国境の情勢は変わっています。守るべきものを守るために、変えなければならないこともある」 頼もしい声に拍手が上がった。私も帳簿を片腕に寄せて手を叩く。 ガレスの話が終われば近づける。明日の配給については、そのあとでいい。 「そして、もう一つ。この場で皆に伝えておきたいことがある」 ガレスがこちらを見た。周囲の人が道を空け、私の背中を押すような視線が集まる。イーダが隣で笑い、私の肘を軽くつついた。 私は歩き出しかけたが、演壇に続く階段の前で足を止めた。ガレスの横には、淡い青の衣をまとったセレス・マーロウが立っていたからだ。有力な群れの長の娘で、数日前から祝祭の客として滞在している。彼女がガレスに何度も話しかけていたのは知っていたし、私も彼女の宿泊の手配をした。ここへ呼ばれる理由は、私には分からなかった。 「リヴィア・フェン」 ガレスは私の名を呼んだ。いつもの二人きりのときより、少し硬い声だった。 「ここへ来てほしい」 人々が私のために開けた道は、広間を半分に割っていた。途中で立ち止まるわけにもいかず、私は演壇の下まで進んだ。手の中の帳簿が急に重くなる。 「あなたに確認してほしいことがあるの」 声を落として言うと、ガレスは首を横に振った。 「先に俺の話を聞いてくれ。時間はかけない」 私はうなずいた。ガレスは演壇を降りてこないまま、セレスに一度目を向け、それから人々へ顔を戻した。 「リヴィアと俺には、幼いころから月の共鳴があった。将来は番の誓いを結ぶものだと、皆も思っていただろう。俺も長いあいだ、そう考えていた」 胸の奥がざわついた。これから誓いの日を告げる人の言い方ではなかった。私はガレスを見つめたが、彼の視線は広間の後ろまで届くように上げられている。 「けれど、共鳴だけを理由に生涯の相手を決めるのは、互いのためにならない。俺はリヴィアとの番の誓いを結ばない。この場ではっきり、彼女を拒絶する」 誰かが息を呑み、少し遅れて、広間の隅で子どもの泣き声がした。何が起きたのか分からなくても、大人たちの顔が変わったことは伝わったのだろう。 ガレスの言葉は聞き取れていた。それでも私は、演壇の上にいる彼と、昨日まで私の家で夕食を食べていた彼が同じ人だと思えなかった。昨夜は豆が硬いと文句を言いながら、最後には鍋の底までさらっていた。式が済んだら一緒に帰るつもりで、彼の上着も私の家に置いてある。 「どうして、今ここで言うの」 思ったより静かな声が出た。泣いたり怒鳴ったりすれば、彼が私に向き直ってくれる気もしたが、まずは答えを聞きたかった。 ガレスは唇を一度結んだ。人前で私に説明する言葉を探しているように見えた。 「先延ばしにすれば、もっと傷つける」 「昨日、うちで食事をしたときなら話せたでしょう。今夜だって、広間に来る前に私を呼べたはずよ」 後ろで誰かがガレスの名を小さく呼んだ。彼はそちらを見ず、私に向かって言った。 「君と二人になると、結局また言えなくなる。これまでもそうだった」 答えとして受け取るには、あまりにも勝手だった。ただ、その弱さには覚えがある。ガレスは難しい話を始める前、いつも私に茶を頼んだ。茶を飲み終えるころには、私が先に彼の言いにくいことを察していた。今夜もそうしてほしかったのかもしれない。私にはもう、彼を助ける言葉が見つからなかった。 ガレスは私から顔を逸らし、セレスの手を取った。 「俺はセレス・マーロウと婚約する。彼女の群れと協力し、この土地を守っていく」 セレスは広間を見渡してから、私を見た。勝ち誇った笑みを向けられたら、こちらも腹を立てられただろう。けれど彼女は困ったように口元を引き締めているだけだった。私への申し訳なさなのか、自分がこんな場に立つと知らされていなかったのか、表情からは分からない。 イーダが私のそばまで来て、肘に触れた。広間を出よう、と言いたいのだと思った。私もここに立ち続けたくはなかったが、手に抱えた帳簿が腕に食い込んでいる。明日の配給は、私が出ていけば誰かが何とかしてくれる話ではない。 「ガレス。明日の保存食が、出庫記録より少ないの。倉庫の鍵を持っている人を確認したい。あとの話は、外で聞くわ」 彼の顔から、わずかに血の気が引いた。 初めて、ガレスが私をまっすぐ見た。その反応だけで、帳簿の数字が単なる数え間違いではないのだと分かってしまう。私は続けようとしたが、演壇にいた長老の一人が進み出た。 「その件なら、ちょうど皆に知らせるところだった」 長老は厚い書類の束を持っていた。あれをいつから用意していたのか、私は見ていない。彼は表紙を開き、何枚かめくった。 「本日の昼、倉庫の検査を行った。保存食だけでなく、冬に備えていた医薬品にも不足がある」 「医薬品も?」 私は顔を上げた。医薬品の帳簿を最後に確かめたのは三日前で、そのときは数が合っていた。 「あなたの管理する出庫記録には、それらを外へ運ぶ許可が残っている」 「私は許可していません。保存食の不足も、さっき確認したばかりです」 長老は答えず、一枚の書類を広間に向けて掲げた。離れている私には文字が読めない。近づこうとすると、イーダの指が肘から離れた。彼女も書類を見ようとしていた。 「リヴィア、これはどういうことだ」 ガレスの問いに、私は思わず笑いそうになった。私が聞きたいことを、彼が先に尋ねている。 「その紙を見せて。私の記録だと言うなら、私にも確かめさせて」 「見れば、皆の前で説明しなければならなくなる」 彼は私にだけ聞こえる声で言った。壇上から降りてきたわけでもないのに、その言葉は不思議とはっきり届いた。 「説明するわ。だから見せて」 ガレスの手が欄干を握った。彼の爪が木に当たる音まで聞こえるほど、広間は静まり返っていた。 長老が書類を持って階段を降りてくる。私の前に差し出された紙には、三日前の日付で保存食と医薬品の出庫が記されていた。行き先は空欄だ。こんな記録を私が通すはずはない。 ただ、その下には私の署名があった。 筆の運びまで、よく似ている。息を止めて見つめていると、ガレスが階段を一段降りた。 「リヴィア。今なら、俺から長老たちに話をする。今夜はもう、何も言わないでくれ」 私の頭をよぎったのは、昨夜の豆の鍋でも、セレスとつないだ彼の手でもなかった。明日の朝、配給所へ来る人たちの顔だった。薬を受け取るはずの子どももいる。その人たちの前で黙っていれば、私は本当に、この紙に書かれたことをした人間になってしまう。 私は書類を持つ長老に向き直った。 「この署名が私のものかどうか、調べてください。出庫を許可した覚えはありません」 広間にざわめきが戻った。ガレスが私の名を呼んだが、私は書類から目を離さなかった。三日前、私は確かにこの形式の紙に署名している。あの日、ガレスは出かける間際に一枚だけ書類を持ってきて、急ぎの受領確認だと言った。 私は内容を読み返さずに、名前を書いた。 その日の彼の声も、紙を折って差し出した手つきも思い出せる。だからこそ今は、もう一度この書類を、端から確かめなければならなかった。窯を借りた男の署名は、朝の光に透かしても読み取れなかった。筆の終わりだけが紙に深く食い込み、前半は急いで書き流したように潰れている。私は昨夜から何度も眺めていたが、読めるはずだと思い込むほど、知っている名前に見えてしまう。「ここで名前を決めるのはやめましょう」 私が帳面を閉じると、ヴィンはうなずいた。彼も同じ署名を別の紙に何通りか写していたが、どれにも自信がないらしい。「代金の受け取り先から追えます。現金払いでも、窯を借りる前に誰が道を通したかは残るはずです。国境の荷を王城へ入れる許可を調べてみます」 通行の控えを探しに行ったヴィンの背中を見送り、私は窯から預かった銀板と、三台目の馬車で採った粉についての記録を並べ直した。どちらも行き先を証明するには足りない。だからこそ、書類を一枚見つけるたびに犯人の名前を先回りして書きたくなる気持ちを、抑えなければならなかった。 昼前、ヴィンが戻ってきた。抱えていたのは通行記録ではなく、厚い人事簿だった。「クレイン商会の名義で、昨冬に王城北倉への荷の搬入申請が出ています。その控えを探していたら、王廷の補給官を選ぶための書類にも同じ申請番号があったんです。荷の申請を、職を求める際の実績として使っています」「誰が?」 ヴィンは私を見て、答える前に簿冊を机へ置いた。「ガレス・ロウです」 知っている名前なのに、耳に入った途端、しばらく意味を結ばなかった。ガレスが地位を欲しがっていたのは昔から知っている。領内の役職では満足せず、王城で仕事をしたいとも言っていた。私が驚いたのは、その願いが窯の荷と同じ書類に現れたことより、いつの間にか私は、彼の望みを深く考えるのをやめていたからかもしれない。 人事簿には、北倉の補給監督補佐を求める申請が綴じられていた。冬の荷が行方不明になる前に、ガレス自身が署名している。添付された事業計画では、自分の群れとクレイン商会が冬道の輸送を整え、王城の補給費を減らせると訴えていた。荷の搬入実績が認められれば、補佐の選考を進めてほしいともある。 そして、その後ろに挟まれた写しに、私の署名があった。『王城北倉向け物資の搬出命令を確認し、記載の荷を引き渡す』
南の古い精錬路へ入る前に、私たちは橋のたもとで馬を降りた。ヴィンが見つけた修繕費の控えには、春に架け直した欄干の長さまで記されている。実際に見ると、片側の木だけ色が新しく、橋板には荷馬車の車輪が通る二本の筋が深く残っていた。 ダリオが三台目の馬車から採った灰色の粉を、小さな紙包みごと職人に見せる。橋の補修を請け負った男は、指につけて匂いを確かめたあと、顔をしかめた。「窯の灰ですね。ここから先へ運ぶなら、春は馬車を軽くしないと橋がもちません。冬は欄干を壊したまま通したやつがいて、その修繕を私らがやったんです。誰の馬車かまでは見ていませんが」 橋を通ったのがオーウェンの荷だとは、まだ言えない。私は修繕の日付と職人の名を書き留めた。ダリオが橋板の筋を調べているあいだ、エイドリアンは川上に続く道を見ていた。「窯まで馬で行けるか」「行けます。ただ、あそこには今も人がいますよ。古い窯を使って細々と仕事をしている連中です。勝手に押し入れば、見せてくれるものも隠すでしょう」 職人の忠告を受け、私たちは護衛を橋に残して三人で向かった。窯の入口には割れた鉢と石炭袋が積まれ、炉からは細い煙が上がっている。すでに誰もいない場所を想像していた私は、仕事中の人たちを見て少し恥ずかしくなった。ここには、昨日までの暮らしがある。 責任者だという女は、王の名を聞いても帳面を胸に抱えたままだった。「うちは税を納めています。王様が来たからといって、釜の中身を全部ひっくり返されたら明日の仕事が止まります」「必要なものだけ見せてほしい。仕事の損失が出たら記録して払う」とエイドリアンが答える。「後で払うと言われて、後で払ってもらえた経験があまりないんですよ」 女はすぐに引かなかった。私は橋で採った粉の包みを出し、炉そのものより、昨冬にここへ来た荷と粉の由来を知りたいのだと説明した。彼女は私の帳簿とエイドリアンの顔を見比べ、窯の裏にある棚だけを案内すると決めた。「荷主の名前を知りたいなら、うちの控えを読んでください。ただし持って帰らないで。前に役人に原本を持っていかれて、返してもらうまで仕入れを二重に払いました」 彼女の警戒には理由があった。私たちはそ
城へ戻った翌朝、ヴィンが南の街道図を机いっぱいに広げた。紙の端を文鎮で押さえても、長く巻かれていた癖が抜けず、精錬路のあたりが丸まって見えなくなる。私が帳簿を重しにすると、ヴィンはようやく道を指で追えるようになった。「オーウェンさんが言った窯は、ここでしょう。古い精錬路は冬でも通れますが、荷を積んだ馬車には狭い。三台とも向かったなら、途中で車を替えたはずです」「三台目は車輪の番号が削られていたわ。替えた車かもしれないし、あとで別の場所を走っただけかもしれない。今ある記録だけでは、つなげられないわね」「そう言われると思って、修繕代の控えも持ってきました」 ヴィンは得意そうに薄い綴りを差し出した。昨年の冬、精錬路沿いの橋は雪で欄干を傷め、春先に補修されている。通れなかった証拠にはならないが、道幅や車輪の跡が残った場所を探す手がかりにはなる。私が礼を言うと、彼は「褒めるのは帰ってきてからにしてください」と答えた。「ダリオさんはアデルさんの家へ行っています。返事が届くまでは、こちらも動きすぎないほうがいいでしょう。守る相手がいる捜査って、帳簿を読むより気を使いますね」 以前の私なら、そこまで考えただろうか。損失の数字は追ったのに、戻らなかった御者の名前を追わなかった。その後悔に足を止められたくはないが、忘れて仕事を手早く済ませた気にもなれなかった。 昼を過ぎてダリオが戻り、私はヴィンと一緒に報告を聞いた。アデルの家の周囲に不審な人影はなく、兵は離れた二か所に配置したという。オーウェンの手紙は、ダリオが直接渡した。「奥方は、最初の一行を読んだところで座り込みました。しばらくして全部読み終えると、泣くのをやめて、あいつは脚をどうしたのかと私に聞いた。事情を話したら、今度は怒りだしたよ」「何に?」「本人が生きていてよかったことと、知らせを寄越さなかったことは別だ、と。ずいぶん正確な言い分だった。あの場では、私も余計な口を挟めなかった」 ダリオは大きな手で封書を一通、机へ置いた。アデルからの返事だった。オーウェンに直接渡してほしいと書かれた宛名の下に、私たちへの短い伝言が添えてある。娘を伴って会うつもりだが、家の安全と道中の護衛を自分でも確かめた
診療所からの返事には、名前が書かれていなかった。『お尋ねの冬の輸送について、話をしたいという者がおります。本人の希望により、会うまでは所在を公にしないでください』 それだけでも、便箋を持つ私の指は落ち着かなかった。エリアスの話を聞いたあと、私たちは輸送路沿いの宿と診療所に、オーウェン・ベルの人相と荷馬車の事故の記録を尋ねていた。返事の大半は「心当たりなし」だったから、この一通にも期待しすぎまいと決めていたのに、出発の支度をするあいだ、私は何度もアデルの顔を思い出した。 国境の診療所は、川沿いの粉挽き小屋を改めた建物だった。戸口には乾いた薬草が吊られ、奥から石臼ではなく、湯を沸かす鍋の音が聞こえる。エイドリアンは護衛を外に残し、私とダリオだけを伴って中へ入った。 迎えた年配の医師は、王の顔を見ても腰を折らなかった。「先に断っておきますが、ここで暮らす人間を、診察台から引きずり下ろすような真似はさせません。あの人は手紙の内容を読み、自分で会うと言いました」「それでいい」 エイドリアンが答えると、医師はようやく廊下の先を示した。診療所の保護を頼っている人なら、王が来たこと自体、脅しに見えるかもしれない。私は部屋へ向かう前に、そのことをエイドリアンに小声で伝えた。「まず、私から話してもいいでしょうか。帳簿で名前を見つけたのは私ですし、彼の奥さんにも会いました」「わかった。私はここで待つ。彼が望まなければ入らない」 飾り気のない返事だった。私は安心した半面、自分だけが先にアデルの夫と会うことに、奇妙な後ろめたさも覚えた。 小部屋には窓が一つあり、洗った布が日の当たるところに掛けられていた。机の前に立つ男は私より少し年上に見え、左脚をかばっていた。衣服は清潔だが、袖口は何度も繕われている。名乗る前に、彼は私の手にある古い帳簿へ目を留めた。「まだ、あれが残っていたんですね」「オーウェン・ベルさんですか」「ええ。先に聞かせてください。妻と娘は生きていますか」 問いに勢いはなく、そのぶん、答えを待つ間の長さが痛かった。「お二人とも生きています。アデルさんには先日お会いしました。娘さんも一緒
配給所の戸を開けたガレスは、最初に人の声ではなく、床を引きずる木箱の音を聞いた。奥ではイーダが薬の箱を数え直している。机には保存食の出庫票が積まれ、まだ朝の配給が始まっていないのに、窓口の外には十人ほどが並んでいた。「足りないのか」 ガレスが声をかけると、イーダは箱の蓋を閉めた。祝祭以来、彼女は仕事に必要なことしかガレスに話さない。今日も棚から帳簿を取り出し、印をつけた頁を開いた。「薬は今日の分があります。ただ、来週の分として頼んだ箱が、まだ来ていません。保存食は今朝、配る量を減らさないと週末までもたないです」「南から荷が来る予定だろう」「予定はそうです。でも、いつ着くかを確かめてもらえませんでした。先週から三度、長の執務室に伝えています」 ガレスは帳簿に目を落とした。イーダの字で日付と残数が並んでいる。その横に細かく書き込まれた古い注意書きは、リヴィアの字だった。小さな子どものいる家、狩りで負傷した者、ほかの村から一時的に身を寄せている家族。彼女は決まった量を配るだけでなく、誰がいつ受け取れなかったかまで記していた。「この欄は、必ず埋めなければならないのか」「埋めないと、来なかった家の分が余ったのか、取り置きが必要なのか分からなくなります。リヴィアがいたときは、受け取らなかった人のところへ、その日のうちに誰かが様子を見に行っていました」 イーダは箱を棚へ戻した。ガレスには、嫌味を言われたようにも聞こえた。ただ、今朝ここに並ぶ人々を前に、言い返す言葉が見つからない。「南には俺から催促する。今ある分は、夕方までに代わりを手配するから、朝はいつもどおり配ってくれ」「夕方までに届く見込みがあるなら、そうします。約束だけなら、今ある量に合わせて配ります」「俺が手配すると言っている」「だから、届く見込みを聞いているんです。昼に薬を使ったら、夕方届く予定の箱を開けることはできません」 外で待つ女が、窓口を覗いた。イーダは彼女に、もう少しで始めると告げる。ガレスは何も言わず、出庫票を一枚取った。南の集積場へ送った注文書に、確かに自分の承認印がある。だが、そのあと誰が到着日を確認することになっていたか、思い出せ
警備室でエリアスの名を尋ねると、ダリオは北倉の古い勤務簿を開いた。昨冬に休職したあと、兵へは戻っていない。今は城から半日ほどの町で、革具の修理を手伝っているという。「こちらから事情を伝えて、会ってもらえるか聞きます」とダリオが言った。「陛下がいきなり訪ねれば、断りたくても断れません」 私は頷いた。王はエリアスを傷つけたという記録を、長いあいだ信じてきた。私たちは追記の筆跡を疑っているが、エリアス自身の話を聞いていない。その状態で王に「あなたはやっていない」と言うのは、私にはできなかった。 ダリオからの手紙に、エリアスは翌朝返事を寄こした。王本人と話すことを望む。ただし、リヴィア・フェンも同席してほしい、とある。「私の名前を知っているんですか」「冬の荷の帳簿を調べていると伝えました」とダリオが答えた。「エリアスも、荷を送り出した群れの記録係が来るなら話したいそうです」 王は返事を読み、自分の腕で馬を操れるようになったから騎乗で行くと言った。ダリオが医師の名を出す前に、私は「馬車で一緒に行きましょう」と勧めた。王は私を見て、今度は争わず頷いた。 道中、彼は冬の記録の写しを膝に載せていた。昨日から何度も読んでいるはずだ。追記の筆跡が本人のものに見えないと分かっても、書かれた出来事まで嘘だとはまだ決められない。そのことが王を悩ませている。「もしエリアスが、俺に腕を折られたと言ったら」 馬車が町へ近づいたころ、王が口を開いた。「私は、彼の話を聞きます」「お前には、俺を信じたい理由もあるだろう」「あります。だから一緒に来たんです。でも、彼が何をされたか決めるのは、私でもあの帳面でもありません」 王は写しを畳んだ。怒った様子はなかったが、続く言葉を探しているように見えた。「お前に、そんな返事をさせたかったわけではない」「分かっています。陛下は、万一のとき私が困ると思ったんでしょう。私はエリアスさんが話す前から、傷ついたのは誰かと考えています。会ってから答えを決めましょう」 王は「そうだな」と言い、窓の外へ顔を向けた。町の家々が見えてくる。石畳の端には、荷車から落ちた藁が風に寄せられてい